京女合格者続出の勉強会!!
< 日 本 史 >
Q15:京女入試の日本史の特徴を教えてください。
3つの時代大別「古代〜中世」、「近世」、「近現代」より出題される構成になっています。特に「古代」「鎌倉」「室町」は要チェックです。
設問形式は、@語句の選択問題、A語句の組み合わせ問題、B文章の正誤判断問題、C人名記入問題などが出題されます。
出題の基準は、日本史の教科書準拠という方針を採っているとされています。日本史の教科書を理解するために必要な史料集や用語集からも出題されていますから、史料集に目を通しながら勉強していきましょう。史料問題では細かい内容よりも、何の史料か判断できるようになりましょう。
Q16:京女入試日本史の勉強方法を教えてください。
京女入試日本史では、さまざまな歴史的な事象の相互関係や、さまざまな分野の事象の相互関係を問うような問題が多く出されています。それぞれの歴史的な事象等が、ほかの歴史的事象等とどのように結びついているのかを理解しながら勉強ましょう。
いわゆる「丸暗記」というよりは、有機的に時代の流れをつかんでください。年号を確実に覚えるよりは、「歴史事象の流れ」をつかむほうが大切です。必ず歴史事象は、「 原因 → 結果、それが原因となり → その結果 」というような繰り返しが見られます。ぜひ、ある時代を物語のように語れるようになってください。
次に、「幕末」をまとめてみました。参考にしてください。
●13代将軍・徳川家定の継嗣をめぐって2派が対立した
▼一橋派…一橋慶喜(後の徳川慶喜)を推した
▲水戸藩の徳川斉昭、薩摩藩の島津斉彬、越前藩の松平慶永(松平春嶽)
▼南紀派…徳川慶福を推した
▲彦根藩の井伊直弼
→南紀派が勝利し、1858年、徳川慶福が徳川家茂と改名して14代将軍になり、井伊直弼が大老となった
●1858〜59年、安政の大獄が起きた
▼井伊直弼が、尊攘派ら反対派を次々と処罰した
▲吉田松陰(長州)・橋本左内(越前)・梅田雲浜・頼三樹三郎・近衛忠熙・三条実万らが処罰された
※吉田松陰…ペリーが再び来日した際、密航を企て、幽閉中、私塾・松下村塾で教え、尊攘派を育てた
▲一橋派の徳川斉昭・島津斉彬・松平慶永らを隠居・蟄居させた
↓
●1860年、桜田門外の変が起きた
▼登城中の大老・井伊直弼が、安政の大獄に怒った尊攘派志士によって暗殺された
↓
◆幕府は、公武合体により威信回復を図った!
●幕府は、老中・安藤信正や久世広周が体制の再建を図った
●孝明天皇の妹・和宮を、14代将軍・徳川家茂の夫人として迎えた…和宮降嫁
↓
●1862年、坂下門外の変が起きた
▼政略結婚に尊攘派が怒り、安藤信正らを襲った →安藤信正は、負傷し、失脚した
◆攘夷運動が高まった!
▲武力で日本を開国に至らせた外国を撃退すべきだと主張した
▲幕府批判につながり、尊王攘夷論(尊攘論)へと発展していった
(昨年の「京女入試特訓ゼミ」テキストより抜粋)
< 世 界 史 >
Q17:京女入試の世界史の特徴を教えてください。
問題は大問によって構成されており、それぞれの大問は、特定の地域の特定の時代からの問題になっている場合が多いようです。
地域的にはヨーロッパやロシアとの関係も合わせるとイスラーム関係の出題が増えています。全体とすれば、中東、中央アジア、インドが、中国や西欧の二地域とほぼ拮抗してきています。ラテンアメリカ、東欧・ロシア、アフリカなどの地域も入試日によって出ていますので、広い地域の広い時代に興味を持ってください。
そして、仏教に関連する設問が比較的多いのも特徴です。
Q18:京女入試世界史の勉強方法を教えてください。
世界史の入試問題には、地図が時々使用されますので、教科書だけでなく、歴史年表や歴史地図を開きながら、同時に活用して総合的に理解することを勧めます。
また、歴史事象の細かな年代を問う問題はほとんど出ていません。歴史事象の順番を問う問題が時々出てきますが、すべての事象の順番を正確に覚えている必要はありません。重要な事象の前後関係がわかっていれば、大体解けるようになっているようです。歴史の流れと、それらが有機的につながっていることをとらえてください。 そして「中国、奏漢時代」など地域、時代を決めてまとめておくことをお勧めします。
次に、現代世界に大きく影響を与えている「イスラムの学問」をまとめてみました。参考にしてください。
<イスラムの学問>
●イスラム世界で、地域や民族を越えて同一の学問文化が広がる
●イスラムでは学問を「外来の学問」と「固有の学問」に分ける
▲「外来の学問」はイスラム教と直接関係のない他民族の学問
▼ヘレニズム文化、ペルシア文化、インドの学問
→イスラム世界はこれをアラビア語に翻訳して、独自に発展
▼特にインドから影響を受けた「数学」→アラビア数字
▼医学、哲学も外来の学問。
→代表的な学者がイブン=シーナー(980〜1037)医学書が『医学典範』
→イブン=ルシュド(1126〜98)医学、アリストテレス哲学を再現
▲「固有の学問」は、イスラム法学
▼イスラム世界=社会生活の全てがコーランを基礎にして組み立て
→教える学校をマドラサ、イスラム法学を修めた知識人のことをウラマー
→ウラマーはイスラム世界では社会の指導者、地域の相談役
▼スンナ派、シーア派それぞれに法学理論が発展
▼教科書に出てくる:イブン=ハルドゥーン(1332〜1406)『世界史序説』
→文明の進んだ都市と、遅れた砂漠のような田舎との緊張関係からの歴史の理論
▼もう一つがイブン=バトゥータ(1304〜68?)『三大陸周遊記』
→モロッコ生まれ。巡礼でメッカ→インド→スマトラ→中国の北京まで旅行
●イスラム教の「神秘主義」が11世紀頃から流行
→正統的なイスラムでは満足できない人たちの間から生まれてきた
→ムハンマドが最後の預言者、二度と神が人間に話しかけてくれることはない
→残された人類に出来ることは法学者のようにコーランを解釈することだけ
→「これではつまらん!神を実感したい」という修行者が現れる
▲修行者=スーフィー → いろいろな難行苦行
▲イスラム教がアラブ人以外の民族に広まっていったのはスーフィー教団の活動
▼この神秘主義を理論化したひとがガザーリー(1058〜1111)
(昨年の「京女入試特訓ゼミ」テキストより抜粋)
「国語」前のページへ
「数学・化学・生物」のページへ
元に戻る